いつもより早く起きる。丁寧に部屋を掃除したのち隣町へ。
茨城に行く日だった。レンタカーを借りて北を目指す。
目的は「つくばの街と山をつなぐ芸術祭」つくばアートサイクルプロジェクト。
つくば市の中心部と筑波山麓を舞台に、国内外で活躍している現代アーティストをはじめ、つくばにゆかりのあるアーティスト、様々な表現に挑む若手のアーティスト30名以上が参加し、広域のエリアで市内外の方々に現代アートに触れる機会を創ります。新しい風が吹くつくばの中心部から、歴史ある筑波山神社から続くつくば道沿いの古民家等を繋ぎ、懐かしくも新しい文化を醸成する試み
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ドアを開けシートとミラーの角度を調節しシートベルトを着けエンジンをかけアクセルを踏んだ瞬間「運転するのは久しぶりだ」と気づいた。
最後に自動車を運転したのは去年の4月7日。そのときもレンタカーで茨城に向かった。
これはつまり、自分の車を手放して、茨城に1年以上が経過しているということだった。
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下道をヤーヤー言い合いながら走り続け、10時ちょうどにつくばに着いた。
各エリアの展示期間は17時まで。
まずは研究学園のサイバーダインスタジオを訪れ、その後筑波山へ。昼過ぎにつくば美術館を中心とする街エリア、という順で歩く観る歩く歩く観る観る。
エリア間を車で移動しながら、時間いっぱい作品に触れた。
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モダンアートにもアートプロジェクトにも疎いわたしだが、全体を通して驚くほどはっきりとした気づきが、主に3点あった。
ひとつめは、この企画はつくばでなければならなかったということ。
「ちゃんと山が近いな」と思った。
30分ほど車を走らせることで、最先端の技術を誇る学園都市と、百名山の中腹を行き来できるのは明らかに地域特性と言えそうだった。
街エリアには前衛的で賑やかな作品が並び、山エリアは雄大なアートが静謐な空間にシンと佇んでいる。
決して大規模とはいえない企画のなかで、ここまでダイナミックな変化を取り入れられるのはつくばの魅力なのだろう。
特に山エリアがよかった。
「石蔵SHITEN(旧石倉RIZ)」の静けさと冷気に満ちた会場で時代性の強い作品を観たのち、会場を出ると目の前に広がる水田、その奥にズンと筑波の山並み。
「旧小林邸ひととき」の奥庭に並ぶ蛹のモチーフは、展示期間中に春の草木が生長して作品と渾然一体となっていた。
そこかしこで山桜が乱れる。都心より半月遅れくらいの咲き具合で「こっちはまだ春であったか」と思った。
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気づいたことのふたつめは、まだこの時代に明確な評価をしなくてよいということだった。
「アントロポセン(人新世)」という主題が付けられたこのアートプロジェクトには、形こそ違えど、なにかしら現代の空気感を取り入れた作品が寄せられている。
それはたとえば閉塞感、見えない抑圧、身近な世界と遠くの世界、デジタルコミュニケーション、身体感覚の喪失と再生、自然との距離感、などであるように感じた。
それぞれの作家が、この時代をさまざまな観点で切り取って表現しているんだな、と思えば、現代をシンプルな表現にまとめることはナンセンスかもしれなかった。
「わからないことはわからないままでいい」と再認識する。わからないものをわからないまま受け入れる。それは実にヘルシーな処世術だと思う。
あらゆる不測の事態が起こる時代。わからないことは不安だ。だから、わたしたちはかっちりした言葉で意味を固定したがる。でもそれはしんどい。
千葉雅也氏的な言葉でいえば「仮固定」。
いま世界で起きていること、職場や家庭などの人間関係、自分の中で立ち上がる感情や思考のすべてを、シンプルな表現にまとめたり、明確な評価をしないこと。
一旦の解釈として「仮固定」に留め、変わることのできる余地を残すこと。
これを意識的にやっていかないと、いつでも“シンプルの沼”にハマってしまうなと思った。
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3点あると書いた気づきの最後は、まあ、要はこういうことを考えるきっかけになるよねということです。
日常にないものに触れて、それをきっかけに思索をこらして、思ったり考えたりしたことを話し合う。
アートが果たす役割に、発想と対話のトリガーとしての要素があると思った。
これは暮らしの中にこそあってほしい。それこそが良く生きるということだろうから。
だから、この企画は本当に良いプロジェクトでした。
現地で話す事務局メンバーは、「もっとよくできるはずだった」とそれぞれなんらか悔いていたけれど、その意味では大成功だったと思います。
お疲れさまでした。お誘いいただきありがとうございます。
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帰りも下道でヤーヤー言い合いながら国道6号をひたすら上る。
車内のすべてのスマホやPCのバッテリーが限界で、それは致命的なことだった。
Googleマップからカーナビに、Spotifyからカーステレオに切り替える。
音量の設定を間違えて、葉加瀬太郎のラジオが爆音で笑う。
ウーファーの主張強めなベースの音、低いナレーションが腹に響く感じがライブハウスや映画館のそれだった。
音がでかいというのはもうそれだけでエンタメらしい。