清々しい朝だ。夏がやってきた。
そう錯覚するくらいには明らかな陽気が窓越しに伝わってくる。
我が家にはまだカーテンがない。
引っ越しのゴタゴタで買いそびれたまま半月が過ぎた。
「まあ向かいにマンションがあるわけでないし」とそのままにしている。
5時台には朝日が射し込むため、早起きが定着したようだ。
コーヒーを豆から挽き、観葉植物たちに霧吹きをし、ストレッチと筋トレのルーティーンをこなし、リュックの中身を念入りに確認したのち出社。5分の遅刻。
早起きしたときほど時間に間に合わないのはどういう原理だろう?
・・・
元気に出社した。みんなでわーわー仕事。
今年から立場が変わって、人をまとめる業務がメインとなった。
メンバーにはどんどん新しい挑戦をしてほしい。
そのためには、職場に蔓延るブルシット・ジョブをいかに滅していくか、が大事に思える。
この“ブルシット=クソどうでもいい”という判断が実に難しい。
原典によれば、ブルシットジョブとは「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」とされている。
この“被雇用者本人でさえ”というのがキモのようだった。
つまり、当該業務について、従事者本人自身すらクソどうでもいいと感じている必要がある。
職場に蔓延るブルシット・ジョブの中には、本人だけはその有用性を信じているものが多い。
本当にブルシットなのか、そこから生まれるクリエイティブの可能性があるのか。
一見して「そりゃ無駄でしょ、やめよ〜」と言いのけるのは簡単だ。
だが、モチベーションはどうなるだろうか。彼の信念はどうなるだろうか。
ムダに見えても有用性が信じられる、ある種のあそびーーゲーミフィケーションではなく余白ーーをデザインする必要がありそうだった。
・・・
帰り道にハイエイタス・カイヨーテの新譜を聴いたらごきげん。
オーストラリア出身のバンドだ。
こないだまでオーストラリアから来た男と数ヶ月一緒に住んでいた。
ゴールドコーストという都市の話を何度も聞いた。水辺のきれいな街らしい。
彼はまた近々彼の国に戻るとこないだ話していた。
農業をやって毎日クタクタになるらしい。
わたしもいつかゴールドコーストに行ってみたい。
XXXX Goldを飲みながらカラマリをつまんで、朝日の昇るまで宴を楽しむんだ。実にブルシットな日々。