「解像度が低い」状態ほどいろんなものを見ようとする。

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久しぶりにブログを書いたら、思いのほか反響があってうれしい気持ちになりました。「SNS社会、投稿しなければ死んだも同じだなあ」なんて感じつつ、こんなご時世でも交流のできるインターネットはすごいや。それでまた今夜も筆を執っている次第。

【近況報告】起業支援屋さんツクリエのコミュマネになりました。

今は転職して起業支援をしています、というブログに対して、「実はわたしも転職を考えていて」「起業のアイデアがあるんだけど」という個別のメッセがたくさん届いている。そういう相談は大歓迎なのでもっともっと気軽に連絡をください(喜びの小躍り)。

お話を伺う中で、必ず出てくるキーワードが「でも忙しくてできない」というやつ。これに関して、先日伺った話が関連すると思うのでまとめておきます。

物事の解像度が低い状態、つまりコトの全貌が把握できていないときほど「アレもやらなきゃ、コレもやっておかないと」となりがち。
膨大に思えるタスクの壁は実際のところ“まやかし”で、ストレスフリーにやっていくためには“やらなくていいこと”をあぶり出していくほうがいいよね、というお話です。
そのためになにをすべきか、についてはわたしもよく分かっていません。思うことがあればぜひご意見をいただきたいところ。

 

先日、茨城コミュニティワーク実践講座の修了式があった。わたしは初年度の修了生としてお声がけいただき、その頃ちょうど見頃だった偕楽園の梅を横目に、はるばる水戸に馳せ参じました。
企画とアクションの「解像度」が話題に上がったのは式の冒頭、九州大学の専任教授を務める田北雅裕さんによる基調講演中の一コマ。会場とのディスカッションの中で「自分の取り組みに、地域のいろんな人たちを巻き込んでいくのが難しい」と話す受講生に対して、田北さんは本当にその必要があるのか考えるべきと応える。

 

「『解像度が低い』状態ほどいろんなものを見ようとする。アレもコレも“やるべきこと”に思えるけれど、実際は“やらなくていいこと”を決めていくために理解を深めるんだ、くらいの認識がいい」

 

こと地域活動に関しては、様々な属性の人や組織を巻き込んでいくことが良いとうっかり思いがちです(わたしのこと)。
若者に参加してもらわなきゃ……協力企業に声掛けして……行政へのアプローチはどうしよう……企画がままならない状態から物事を大きく考えすぎることで、アイデアがカタチにならないという落とし穴にハマる人もいる(これもわたしのこと)。
また、中途半端に行動力がある場合、目的達成に不要な“関係者”たちを増やしてしまい、これもまた身動きが取れなくなることも(これもまたわたし)。

いや、もちろん大きな野望を掲げることは大切です。
なにかコトをおこそうとする人すべてが「#わたしがやらなきゃ世界はこのままだ」というハッシュタグを付けるインターネットであってほしいと思いつつ、より重要なのはズバリ目的を達成することでしょう。
そのために、全然関係ないことで消耗していると結構しんどい。そのために心を殺してしまっては元も子もない。

 

例えば、今わたしが猛烈に「モテたい」とします(例えば、の隠れ蓑を使って欲望を放出)。
あらゆる自分磨きに余暇と貯金を全振りすること1年後、腹筋はバキバキになり、口を開けばネイティブばりの英語が飛び出し、100万ドルの夜景を臨むタワマンの高層階で「冷蔵庫の余り物でなんか作るわ」とピブグルマン級のパスタを提供する。そりゃ特定の層には好かれるかもしれないが、そもそもわたしはなにがしたかったんだっけ?ってなるのではないでしょうか(例えが極端で恐縮だが、こんな人生もまた少し魅力的)。

「モテたい」と思ってこんなザマになる人は(あんまり)いないと思うが、ほかの領域で似たような沼にハマっている人、多いような気がします。
世の中には“やるべきこと”にそっくりな“やったほうが良いように見えること”にあふれていて、わたしたちは簡単に騙されてしまう。

起業するためにこの先10年分の生活資金を貯めなければとモヤシを食べ続けたり、転職するためにあんまり関係ない民間資格を5個くらい取らなければと図書館に篭もったりする(どちらも実話)。
寄り道をすればするほど人生は豊かになるような気もするけれど、それによって本当にやりたいことがいつまでもできない、というのは寂しい。

 

以前も書いたが、わたしは「新しくコトをおこす人を応援したい」と割と本気で考えていて、向こう3年くらいはそのために動いていきたいと思う。
目の前の人にとってなにが“やるべきこと”かは毎度本当に悩ましいのだが、“やらなくていいこと”は一緒に考えやすい。なぜなら、“やらなくていいこと”のほうが圧倒的に数が多いからです。そして、それが“やらなくていいこと”だというのは本人もうっすら感じていたりする。

ときめくものを残していくのが片付けの魔法らしいが、魅力的な“やらなくていいこと”を手放す勇気も時には必要なのではないかなあ。
そんな心苦しい瞬間をサポートできる人間になれたらと思う。

田北先生、こんな感じでしょうか?

【参考】
いわゆる「問題解決」のために、世の賢いコンサル先生たちは数多のフレームワークを駆使して今日も世界を救っています。わたしは頭が至らないので、難しいことは分からない。そんなわたしでも2時間で理解できた「論理思考」のバイブルがこちら。

あらゆる問題は「わける」と「つなぐ」で解決できる、と謳う小説形式の書籍です。著者はビジネス数学の第一人者である深沢真太郎氏。物語の舞台はよくある高校の女子サッカー部、弱小チームが自分たちの抱える問題を「わける」と「つなぐ」で分析し、恋や部活の難所を超えていく青春ストーリーです。彼女たちと一緒に問題解決のプロセスを追体験することで、読者は論理思考の基本を学ぶことができます。

「あれ、なんか聞いたことあるストーリーだな……」と思ったあなたは大正解です。この本は『もしドラ』の形式に似ている。この『わけるとつなぐ』も、あれくらいの発明だとわたしは思います。人生のどの段階で読んでも得るものがありますが、特にわたしと同世代の「これまでなんとかやってきたが、いつも問題に悩まされている」タイプの人にオススメです。最後ちょっと泣ける。

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